品田遊『名称未設定ファイル』の感想・レビュー

小説

こんにちは、オモコロチャンネルをYouTuberと呼ぶことに抵抗のあるいかさまおとこです。

今回は小説『名称未設定ファイル』の紹介と感想について書いていきたいと思います。

書籍は絶版ですがKindle版があります。

著書は小説家の『品田遊』さん。

ある界隈にとっては『ダ・ヴィンチ・恐山』という呼び名の方が知れ渡っているかも知れません。

このダ・ヴィンチ・恐山さん、どんな人物かと言うと……

  • フォロワー数10万人を超える人気ツイッタラー
  • 面白系ウェブメディア『オモコロ』のライター
  • 同サイトが運営するYouTubeチャンネル『オモコロチャンネル』のレギュラー
  • 同じくネットの寵児であるARuFaさんとネットラジオ『匿名ラジオ』を配信
  • 独特な作風で波紋を呼んだ漫画『下校時刻の哲学的ゾンビ』の作者

などなど、インターネット界隈では枚挙にいとまがないほどの実績を持つ、ネットオタクなら知らぬ者はいないであろう謎の仮面男。

本作『名称未設定ファイル』は恐山さんの類まれな観察眼とシニカルな表現によって生まれた、インターネットや近未来のテクノロジーが題材の短編集です。

小説というよりパソコン・スマホで読むネット小話のような趣があり、「本は読まないがネット上の面白テキストはよく読む」といった方にもオススメだと思います。

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名称未設定ファイルについて

それでは、『名称未設定ファイル』の詳しい内容に触れていきます。

前半はネタバレなし、後半はネタバレありの感想となっています。まだ読んでいない方は前半だけ読んで購入を判断してもらえたら幸いです。

本作の紹介(ネタバレなし)

この本を一言で表すなら「インターネット人間が書いたインターネット人間向けの本」です。

いずれの短編もインターネットに関連した題材、もしくは「ネットで面白記事を読み漁るようなオタク」の大好きなテーマが用いられています。

例えば、ネット炎上、Wikipedia、YouTubeなどのネットネタから、SF・ディストピアのような定番の世界観までカバー。「意味がわかると怖い話」のような軽めのホラーもあったりと、さしずめインターネットオタクにとって理想の駄菓子屋。(?)

とはいえ、これらを題材にした作品というだけなら今時珍しくはありません。

この作品の最大の魅力は、その題材ひとつひとつのディティールがとにかくリアルなことです。

特にインターネット関連のネタは明らかに「知っている人間」が書いている精度の高さで、思わずニヤリとしてしまいます。

2ちゃんねるが出てくる漫画はよくあれど、プロの漫画家さんは大抵2ちゃんねるのようなものが嫌いなので個々の書き込みに「それっぽさ」がなかったりする。
その点、恐山さんは明らかに「書き込んでいた側」の人間なので解像度がダンチ。

本作にはドラマチックな展開やカタルシスといったものは殆どなく、テーマに沿った話が淡々と語られています。

しかし、そのあまりにもリアルすぎる「あるある話」に皮肉めいた感覚を覚えてしまうのです。

このショートショートに共通するテーマは恐らく「テクノロジーに翻弄される人間の滑稽さ」

ただし人類への警鐘や警告といった説教じみたメッセージ性を投げかけてくることはありません。

恐山さんの確かな観察力にって正確に再現される「人間ってこうだよなぁ」という描写の数々に、すこ〜し嫌な気分になり、妙な読後感だけが残る。そんな小説です。

各作品感想(ネタバレあり)

それでは各作品について感想を書いていきます。

猫を持ち上げるな

「猫を持ち上げると胴体が伸びる」という些細なツイートを発端とした炎上事件と、それに無関係の立場から巻き込まれてしまう主人公の話。

炎上の始まりから終わりまでのプロセスが現実の最大公約数的な感じで網羅されていて、「ああ、毎回こんな感じだよな」とフィクションながらウンザリしてしまいます(笑)。

発端が「猫の専門家でもなんでもないフォロワー数はそこそこ多いであろう漫画家の不快感を示したツイート」ってところがすごくリアル。

個人的に一番好きなのは、はてな匿名ダイアリー(と思われるサイト)に投稿された、「猫を持ち上げるな」という元ペットショップ店員を名乗る匿名の日記。

内容も文体もそれっぽすぎてついニヤニヤしてしまいました。

炎上を取り扱った作品ではてな匿名ダイアリーまで出してくるあたり、完全に「俺ら」向け。

ネット炎上なんて大半はどうでもいいことばかりと頭では理解していながらも、現実にも侵食してどこまでも追ってくる。やがて精神まで蝕まれてしまうという展開に、現実と照らし合わせて少しゾッとしました。

カステラ

カステラについて話し合っていたら2人ともWikipediaを見ながら豆知識を披露していた、というオチ。

ネット知識をひけらかす時、調べたくせに「〜だっけ」「〜らしい」と曖昧にしがち。

この商品を買っている人が買っている商品を買っている人は

タイトルからわかるように、Amazonや楽天にもある「よく一緒に購入されている商品」といった『リコメンド機能』が発達しすぎた世界のお話です。

この手の世界観にはつきもののディストピア思想を一歩踏み込んだ先まで描いています。

以下のセリフがとても印象的。

「あなたは支配と多様性は両立しないと思ってるみたいだけど、私は違うと思う。全てを一色に塗り替えてしまうのだけが支配じゃない。きっと、いろんな人形を配置して好みのジオラマを作るような支配もある。世間の流れに反発してるような人も、バランスを取るために誰かがそこに置いてるのよ。いつでも取り除けるように準備しながら」

カスタマーサポート

スマホの指紋認証が通らなくなった男性とカスタマーサポートとのチャットログ。小説ではなく完全なチャット形式になっています。

ぱっと見はよくある「機械が苦手な人に振り回されるサポートセンター」というネタ。

しかし、よーく読むと……

  • 妻の携帯を借りているという不要な情報。
  • 明らかにチャットでのやりとりに慣れていないのに通話サポートは断る。
  • 「本人の指紋なら入れるんですよね」と言う不自然な表現。
  • 「指が冷たい」という意味ありげな描写。
  • 「指紋認証は生体電気から形状を認識する」という仕組みを聞くや否やチャットを終了。

あれれ〜?おかしいぞー?

天才小説家・北美山修介の秘密

大好きな小説家が実はクラウドソーシングで世界中からライターを募り、プロダクション方式で小説を書いていたという話。

ファンである主人公は大きなショックを受けますが、彼女も「女子高生の会話担当」に採用されたことを受け入れてしまいます。

「作者と作品は切り離して考えるべき」という風潮がありますが、言うだけなら簡単で実際はかなり難しいことではないでしょうか。

作品が好きであればあるほど、その作品を世に送り出した作者を神格化してしまうのはある意味自然なことだという気がします。

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紫色の洗面器

「顔を水につけて息止めチャレンジをする」という珍妙な動画を毎日アップしているキッズYouTuberを見つけた主人公は、彼女の間取りが近所の家と同じであることに気づく。

しかし、そこに住んでいるのは子供のいない夫婦のみ。

状況証拠はいくつも揃ったものの、白黒つけることはできないまま数年経った今も息止め動画は増え続けている……というなんとも後味の悪い作品。

子供のYouTuberを見ている時のちょっと嫌な感覚を少しの脚色を加えることでより気持ち悪く仕上げています。

もしかしたら親に無理やりやらされているのかも知れない。でもそんなこと他人にはわかりっこないし、わかったところでどうすることもできない。

ラストの余韻がオカルト系のコピペみたいで好き。

みちるちゃんの呪い

なんとも要約しづらい話……

仲の良くない女子小学生の質感が生々しすぎて、気持ち悪さを加速させていると思いました。

1日5分の操作で月収20万!最強ブログ生成システムで稼いじゃおう

よくある100%詐欺の情報商材ネタ。

内容はAIが自動生成した「いかがでしたか?」系サイトの記事がまるまる載っているというシロモノです。

この手の記事でよく見かけるフレーズ・単語をぐちゃぐちゃに組み合わせて、意味深な文章を作り上げているところがほんと上手い。

過程の医学

人の幸福度を可視化する装置を作ったが、赤ん坊はみんな幸福度が最低値。提示される対策は「致死量の塩化カリウムを注射するのみ」という反出生主義な作品。

話自体はよくありますが登場人物2人のキャラクターが結構好きです。

習字の授業

タイトル通り、学校で習字の授業を行なっているのですが……

生徒たちは筆で文字を書くのではなく、既に存在する漢字を何処かから一文字ずつコピーアンドペーストして、課題である『明日』という文字を書いています。

そして、先生は「どこからコピーしてきたか」で優劣を判断する、というシュールな作品。

ですが、割りと考えさせられる内容だと思いました。

このまま科学技術が進化していって「ペンを持って字を書く」ことがなくなった時、「フォント選びのうまさ」が「字のうまさ」にとって変わるのかな、なんて。

ピクニックの日

一見すると幸せなやさしいせかい。しかしそれは仮想世界で不幸な人間が生まれないようにシミュレートされた世界だったという話。

子供の視点で描かれているので嫌な怖さを感じてしまいました。

また、色々と深読みできる内容にもなってますね。ママとササキさんは本来どういう関係だったのか……とか。

亀ヶ谷典久の動向を見守るスレ part2836

2ちゃんねる版トゥルーマン・ショー。

いわゆるヲチスレなんですが、パート数からもわかる通り、長きに渡って「毎食何を食べているか」なんてことまでストーキングし続けている謎のスレッド。

書き込みの文体は少し世代が入り混じっていますが逆にそれっぽい。

GIF FILE

キ○タマを打ちつける『爆笑gif』の登場人物が自我を持ってしまうという話。

数秒おきに襲ってくる激痛に耐えながら状況を変えようとしますが、成す術はなく、そのまま無間地獄に落ちる……という混じりっけなしのバッドエンド。

私たちが普段目にしているgif動画の視点を変えるだけでここまで悲惨な話になるのかと感心しました。

「人が痛がっている様を見て笑う」という行為自体の是非についても少し考えてしまいます。

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有名人

頭のおかしい人間が、頭がおかしい故にネットの人気ものとなったが、頭がおかしいので強姦事件を犯して非難を浴びる、というオチ。

電車などにいる「ヤバい人」を盗撮してネットに晒しオモチャにする、という文化が根強いですが、冷静に見ればこういうことだぞと言われているような印象を受けました。

最後の1日

生産性のない日々を送る大学生が事故死する話。

ソシャゲのガチャで爆死し、SNSでは定型的なやり取りを繰り返し、なりきりbot(なりきってない)でウケて承認欲求を満たす。久々に会った親と交わす話題はなく、大して興味のないまとめブログの記事を読み漁る。思うことはあるがSNSにすら自分の感情をぶつけることは出来ず、RTがほとんど。小さい頃の知り合いとはいつの間にか差がついた。追い打ちをかけるかのような伯父のテンプレートな説教。漠然とした不安が不意によぎる。そして足を踏み外した。

という内容をひっじょ~に細かいディティールで描いています。

別に「人間いつ死ぬかわからないから後悔のないように生きろ!」みたいなメッセージ性が込められているわけではないです。

ですが、無為な生き方をここまで克明に描写されてしまうと自分も後ろ暗いものを感じずにはいられません。

同窓会

まさかの『みちるちゃんの呪い』続編。

登場人物の名前を完全に失念していたので最後の一文で気付き、ゾワっとしました。

クラムゲートの封は切られる

未知の惑星を探査しに来た主人公。遠くには栄えた街並みが見えますが、近づくと一転荒廃した街に様変わりするという謎の現象に出くわします。

実は、この星は高性能AIによって管理されていました。ここに住む種族の幸福を最優先に活動していたそのAIは、ある地点で幸福のピークが訪れてしまうことを予測。

AIは住民の幸福を保つため、幸福がピークに達した瞬間にこの星限定で時の流れを止めるという方法を取ります。

主人公が目にした街の風化現象は、自分たちがこの星に来てしまったことによって時が一気に動き出してしまった……というオチ。

ちなみに、作中に出てくる史上最高齢の貝の話は実話が元にしています。水揚げ時の冷凍保存で死んだだけというオチまでそのまんま。

タイトルの『クラムゲート』もこの『クラムゲート事件』から来ています。

アイスランドガイ – Wikipedia

幸せのピークだろうがなんだろうが、時が止まった時点でこの星の住民は死んでいるも同然でした。封を切ったことに罪はありません。

書籍版だとAIの管理者で出てくる件から袋とじになっているそうです。