映画『ジョーカー』は主人公アーサー・フレックの妄想の入り交じる主観で描かれた不可解な作品です。
そのため、「あのシーンはなんだったのか?」「あのシーンは妄想なのか?現実なのか?」と、考察の余地が非常に多くなっています。
その中で個人的に気になっているのが「冷蔵庫のシーン」です。
アーサーが冷蔵庫に入る謎のシーン
時系列としては「母親を絞殺→恋人が妄想だと気づく」シーンの直後、アーサーがすべてを失った状態ですね。
冷蔵庫の中身を無言でせっせと取り出していくアーサー。
十分なスペースが出来ると中に入って扉を閉めます。
そのまま冷蔵庫だけが映り続け、一体どうなるのかと思いきや……突然の場面転換。
何事もなかったかのように、コメディ番組の出演を依頼する電話がかかってくるシーンに移行します。
この数十秒間のワンカット、なんだったんでしょうか?
観ている最中は「しばらくしたらアーサーが飛び出てきて、自殺する根性すらなかったよ」みたいな描写になるんだと思っていたのですが、なんのオチもなく次の場面へ切り替わってしまい困惑しました。
あまりにも意味のないシーンですが、逆に言えば必ずなにかの意図があるシーンとしか思えません。
なぜ冷蔵庫に入ったのか、その後どうなったのか
この冷蔵庫のシーンについて、自分の中で明確な答えは出せていませんが思いついたことを挙げてみました。
冷蔵庫で死亡、テレビ出演は死の直前に見た妄想説
まず「冷蔵庫に入る」と聞いて思い浮かぶのはやはり自殺。
アーサーが冷蔵庫から出てきた描写がなかったというのは「出ていないから」とも読めます。
それに昔の冷蔵庫って中からは開けられないようになっていたはずです。(当時の冷蔵庫がどうかは不明ですが)
つまり、アーサーはそのまま冷蔵庫の中で死亡。
それ以降の描写は「アーサーが今際の際に見た妄想」とみる説です。
ただ、アーサーの妄想オチだとすると、じゃあ映画の最後に出てきたホアキン・フェニックスは誰やねんって話になります。
ジョーカーのジョーク説
ラストに出てきたホアキン・フェニックス。あれが真のジョーカーであり本編のアーサーは別人とする説は有力です。
アーサーは冷蔵庫で死んでおり、それ以降がジョーカーが考えたジョークにすぎない……。
ただ、これだと「なんでジョーカーはアーサーなんて人物を知ってるんだ?」って疑問がわきます。
ラストのホアキンのみがジョーカーと見る場合は、本編すべて、つまりアーサーという存在自体がジョーカーの生み出したキャラクターとするほうが自然ではないでしょうか。
「哀れなアーサーは冷蔵庫の中で悪のカリスマになる妄想を見ながら惨めに死んでいった」というブラックジョーク。
これは一応筋が通っている気がします。
自殺目的ではない?
そもそも、あれは自殺するつもりだったんでしょうか?
冷蔵庫って自殺方法の中ではかなりマニアックじゃないでしょうか。子供がいたずらで入って……というのはわかるけど。
なにより、彼は拳銃を持っています。自殺を試みるならまず銃を選択するでしょう。
であれば、冷蔵庫に入ること自体になにか目的や意味があったのかもしれません。
例えば……例えば頭を冷やしたかったとか。うん。
アーサーからジョーカーに切り替わる暗喩説
別に見た目通り冷蔵庫に入ったわけではなく、アーサーの心象を映像化したもの、という読み取り方もできます。
終盤は元同僚を殺した後も平然としていたり、発作も出なくなっていたりと、様子が明らかに変わっています。
すべてを失ったアーサーがジョーカーへと堕ちる、その瞬間を描いた演出なのかもしれません。
アーサーの妄想説
もはやなんでもありの映画なので。
完全にふさぎ込んでいたアーサーが「まるで冷蔵庫に閉じ込められたようだ」と思い浮かんだ妄想に過ぎなかった……。
考察とはして何も面白くはないですけどね。
実は意味はない説
一周回って、別にあのシーンに深い意味なんてないという斬新な捉え方。
本作はホアキン・フェニックスによるアドリブ演技も多いらしいので、全てのシーンにまっとうな文脈があるかどうかも不明です。
この世の全てになんらかの意味があるなんて考え、おこがましいとは思わんかね……。
追記:あのシーン自体はアドリブだった模様
『ジョーカー』、物議を醸したあの「難解シーン」はなんとアドリブだった!
「ホアキンは、もし自分がもし酷い不眠症に悩まされていたとしたら、一体どうするだろうと考えを巡らせたようです。彼がそれをどう表現するかは自由だったのですが、カメラが回り、あの演技をして見せたとき、僕たちスタッフは完全に心を奪われました。『何をしてるんだ? え、まさか、冷蔵庫に入った?』と。
つまり、少なくとも脚本的には意味のないシーンだったようです。