『きっと、うまくいく』を観て覚えた違和感

映画・ドラマ

インド映画『きっと、うまくいく』を視聴しました。原題は『3 idiots(三馬鹿)』です。

各所で非常に評判がよかったのでハードルの高い状態での視聴となりましたが評判の面白さで、初めてのインド映画、約3時間の長尺にもかかわらず最後まで飽きずに観ることができました。

この映画は「Amazonプライム」の特典に含まれていますので、プライム会員の方は視聴してみることをおすすめします。

一方で、この映画を手放しで大絶賛はしたくないな、という気持ちもあります。

それは、はっきり言うと不快に感じたシーンがいくつかあったからです。

この映画には多くのレビューが寄せられており、「面白かった点」については私も賛同できます。が、私が感じたマイナス面に言及してるレビューはあまり見かけず、この作品に対してもやもやとした感情が続いていました。なので自分の感性を整理するためにも今回そのことについて書いてみることにしました。

この記事は『きっと、うまくいく』の内容に触れています。ですのでネタバレにはご注意ください。

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勧善懲悪の「悪」にされたガリ勉くん

本作はインドに根付いている過度な競争社会や学歴社会を強く風刺しています。

舞台の中心となる大学はインドでも有数の工科大学。しかし学長は堅物、偏屈で、学生を数多く一流の企業に送ることだけしか考えていません。「学ぶ」ということを軽視しているようにも見えます。

一方、主人公のランチョーは型にはまらない破天荒な性格です。「きっとうまくいく」が口癖の彼は「好きなことを好きなようにやればいい。好きという情熱は何事にも勝る。成功なんてあとからついてくる」というモットーを持っています。大学に入ったのも大好きな工学を学びたくてしかたないからで、学長の成果主義や詰め込み教育には否定的です。

そんなランチョーに魅せられた2人の同級生が「三馬鹿」を結成し、泣いたり笑ったり悩んだり失敗したり学長に反発したりしながら成長していくのがこの映画の大まかな流れです。

そんな「三馬鹿」に何かと対立関係にあるのが学長の他にもう一人います。

「消音銃」というあだ名の同級生です。

彼はランチョーの思想からもっとも遠い人間で、勉強は詰め込み式で試験で良い点さえ取れればいい、そしていい企業に就職して裕福な暮らしをするのが目標です。一流大学に入ったのも就職のための学歴が目的であって、工学も(おそらく)好きで学んでいるわけではありません。

「消音銃」はいわばインドの悪しき思想を擬人化したかのような存在として、ランチョー達とぶつかります。

ぶつかるといっても「消音銃」がすることといえば臭いすかしっぺを人のせいにするぐらいで、もっぱら「三馬鹿」にいじられるコメディ要員です。ですがそのいじりが正直やりすぎてるようにしか見えなくて私には笑いに昇華できなかった場面も。

特に原稿改ざんのシーンはちょっと、正直引きました。

ヒンディー語が苦手な「消音銃」は他人に原稿を書いてもらい読み方だけを丸暗記してスピーチに臨むのですが(それもどうなんだって話ですが)、「三馬鹿」は単語の一部を改ざんしてお下劣な内容にしてしまいます。スピーチ本番、言葉の意味がわからないまま原稿を読む「消音銃」。本人はいいこと言ってるつもりですが実際はお下劣な内容で会場はドカンドカンと大爆笑、学長はイライラ。笑いとして表現されているシーンですが私にはイジメのように映りました。またこのシーンがやけに長くて、最初は笑えていた私も途中から学長と同じ表情になってしまいました。

また、ラストシーンでも胸にもやもやが残りました。

ランチョーが高名な発明家になっていた!ってところまでは痛快だったんですが「消音銃」がそのランチョーに媚びへつらっているシーンのままエンドロールに入るとは思いませんでした。学長はちゃんとランチョーと和解しこの作品における一番良いシーンを演出してくれたのに「消音銃」はピエロのままか、と思わず同情。

ランチョーは何かにつけては他人に口を出し、その結果「二馬鹿」を救い、学長の娘を救い、学長を感化させるまでに至りましたが、「消音銃」とは最後までまともに向き合うことすらありませんでした。「消音銃」が嫌な奴だから?うーん。

大げさに言えば、この映画がインドに社会問題を風刺し、ランチョーの思想がより良いものだとするのであれば、その社会問題の作中最大の犠牲者とも言える「消音銃」も救われる展開にしてほしかったんです(成功はしているがテーマに沿うと救われていると思えないし、成功してもなおランチョーに執着し続けているあたりやはり不憫)。

まぁ、シリアスな展開も多い本作におけるコメディリリーフという位置づけと言われたらそれまでです。

おバカが過ぎる「三馬鹿」

原題が『3 idiots』の通り、「三馬鹿」が何度もおバカを繰り返してはランチョーが持ち前のポジティブシンキングと機転の良さで困難を乗り越える、というエピソードの積み重ねでこの映画はできています。

ただ、前述しましたがエピソードのいくつかはやはり行き過ぎているのではないかと感じてしまいます。若気の至りと好意的に受け取っている人が多いようですが、若いといってももう大学生です。私は「何回学長に喧嘩売れば気が済むのか」と少しうんざりしてしまいました。

極めつけは中盤、「二馬鹿」のうちカーストの低い家系の生まれで卒業・就職できないと人生終了であろうキャラがとんでもないことをやらかします。泥酔して学長の家のポストに放尿、それがバレて退学を宣告されます。学長から「代わりにランチョーを差し出すならお前は見逃す」と持ちかけられますが、どちらも選べない彼は自殺を試みます。おそらく観客を泣きにいかせるシーンなんだろうけど私は冷めた目で観ていました。

「散々学長に目つけられてるのになんでそんなことしちゃうのよ。自殺してでもランチョーは売らないその友情は素晴らしいけど、親友も家族も大事ならいい加減自分の行いを省みようよ」としか思えませんでした。

序盤に「卒業制作を受け取ってもらえず自殺に至った人物」というわりとリアルな比較対象が出ていただけに余計にお粗末に見えてしまいました。

その後、彼はこの経験が活きてなぜか内定ゲット。ご都合展開自体は否定しませんが最低限納得できる根拠は示して欲しかったです。もう一方のカメラマンになりたいと父親を説得する展開はベタながらうるっときたんですけどね。

まとめ

最初に書いた通り、映画全体は私も高く評価しています。5段階評価なら4はつけざるを得ません。

個人的にはかなり人を選ぶタイプの映画だなと感じました。というのはコメディ要素の多くが人をいじったり倫理や法を逸脱したりしているからです。その塩梅や個々の感性によっては、ブラックジョークにもなればただの不愉快なやり取りにもなり得るタイプのコメディです。そして、私としてはこの映画のそれはわりとラインを越えているものが多いという認識でした。

ただ実際には多くの方から好評を得ているので、自分の感性が世間とズレているんだろうな、と結論付けざるを得ないということなんでしょうね。

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